2009年7月22日の皆既日食の電波観測及びシミュレーション解析結果

はじめに

これまでの研究で、日食領域の太陽放射(EUV等)の減少による電離圏電子密度の減少や、日食に伴い 励起された波動現象が報告されている[例えばAltadill et al., JGR, 2001]。しかし、これまでの 日食時における電離圏変動の観測では、数点のレーダーや衛星観測を主体としたものであり、2次元的な 電離圏変動の時間発展を詳細に観測した例はほとんどない。

そこで、情報通信研究機構(NICT) では、 2009年7月22日に日本で観測された皆既日食に合わせ、国内4地点(稚内、国分寺、山川、沖縄)の イオノゾンデ観測を1分間隔で行う特別観測を実施した。各観測点のイオノグラムから、F2領域臨界 周波数及びスポラディックE層臨界周波数を準リアルタイムで自動読み取りし、その時間変化を調べた。 また、国土地理院のGPS受信機網(GEONET)の準リアルタイムデータを利用した全電子数(TEC)観測を 行い、日本上空におけるTEC絶対値、60・30・15分以下のTEC変動成分、電子密度擾乱指数(ROTI)の 2次元的な変動を調べた。また、GPS信号ロック損失率の2次元マップを作成し、電離圏変動に伴う GPS測位への影響を調べた。 これらの電離圏観測データは、日食イベント速報として、準リアルタイムで当研究室ウェブサイトにて 公開された。ここでは、日食時に観測された電離圏変動とNICTの熱圏・電離圏シミュレーションにより 再現された日食時の電離圏変動の解析結果について報告する。

観測ターゲット

本観測のターゲットは以下の電離圏現象である。

日食領域では一時的に太陽放射が減少するため、主に極端紫外線(EUV)等による電離によって 形成される電離圏プラズマ密度が減少する。本観測では、電離圏電子密度の減少を、NICTの 国内イオノゾンデ網による電離圏F領域臨界周波数(foF2)、E領域臨界周波数(foE)観測、 及び国内GPS受信機網による全電子数(TEC)観測により捉える。また、日食領域の移動 (2009年7月22日11‐12時 (JST)の日本南部で~2,400km/h = 667 m/s)に伴い励起されると 考えられる波動現象を、foF2及びTEC変動の観測により捉える。さらに、日食領域の低電子密度領域と 周辺の高密度領域の境界等での電離圏イレギュラリティの発生の可能性について、GPS受信機網による 電離圏イレギュラリティ指数(Rate of TEC Change Index: ROTI)及びGPSロック損失の観測により 調査する。上記いずれの電離圏現象についても、過去に詳細な2次元的構造・時間発展を捉えた例は無い。

観測結果

図1:山川(鹿児島)におけるイオノゾンテ観測結果。
図1:山川(鹿児島)におけるイオノゾンテ観測結果。

2009年の夏季は、国内においてスポラディックE層(Es層)がよく観測されており、2009年7月22日の 日食時においても、国内イオノゾンデの全観測点において、発達したEs層が観測されている。そのため、 全イオノゾンデ観測点で、日食に伴うfoF2の変動は観測できなかった。しかしながら、図1に示すように、 山川(鹿児島)のイオノゾンデ観測では、日出から食の最大となる10:58(JST)近くまでfoE観測が 可能であった。通常、foEは日出とともに増大し、正午過ぎに極大を迎え、その後減少する日変化を示す。 7月22日の日食時においては、foEは日出と共に増大し始めるが、食の始め(09:37 JST)からfoEが 減少し始め、食の最大では日出直後のレベルまで減少していた。残念ながら、食の最大となる時刻以降、 イオノグラム上でfoEの同定ができず、食の終りに伴うfoEの回復については観測できなかった。

国土地理院の国内GPS受信機網(約1200点から成る)による全電子数(TEC)2次元観測の結果を図2に 示す。この図は、日食の本影が九州南部を通過した7月22日10:30 JST (01:30 UT)から11:20 JST (02:20 UT)における、10分毎のTEC変動成分(60分以下)2次元マップである。日食の本影の移動と 同期して、日本南部でTECの減少領域が西から東へ移動していることがわかる。

図2:GPS受信機網による全電子数変動(60分以下)
			観測結果-01 図2:GPS受信機網による全電子数変動(60分以下)
			観測結果-02 図2:GPS受信機網による全電子数変動(60分以下)
			観測結果-03 図2:GPS受信機網による全電子数変動(60分以下)
			観測結果-04 図2:GPS受信機網による全電子数変動(60分以下)
			観測結果-05 図2:GPS受信機網による全電子数変動(60分以下)
			観測結果-06
図2:GPS受信機網による全電子数変動(60分以下)観測結果

図3に、日食及び地磁気活動の効果を含めたNICTの全球電離圏・熱圏モデルのシミュレーション (品川, 2010)、及びGPS観測により得られたTEC絶対値の緯度-時間変化を示す。これらのデータは、 日本上空のTECについて同緯度のTECを経度方向に平均している。図1に示したfoEと同様に、 TECも一般的には日出と共に増大し、午後に極大を迎えた後、徐々に低下していく。また、 日本のような中緯度においては、低緯度ほどTECが高い。7月22日は、シミュレーション・観測とも、 食の始め(1時UT、10時JST) 付近まで日照に伴ってTECが増大しているが、その後どの緯度帯でも TECが減少し、食の最大付近で極小となっている。図4に、TECの定常状態からの差(観測結果に ついては前7日間の平均からの差)を示す。図4からわかるように、どの緯度帯においても日食に 対応したTEC減少が見られ、食の終りである03:00 UT(12:00 JST)には定常レベルに戻っている。

図3:熱圏・電離圏シミュレーション(上図)及びGPS観測
				(下図)によるTEC絶対値の緯度-時間変換。
図3:熱圏・電離圏シミュレーション(上図)及びGPS観測(下図)によるTEC絶対値の緯度-時間変換。
図4:熱圏・電離圏シミュレーション(上図)及びGPS観測
				(下図)によるTEC変動(定常状態からの差)。
図4:熱圏・電離圏シミュレーション(上図)及びGPS観測(下図)によるTEC変動(定常状態からの差)。
図5:2007年7月21-23日(UT)の地磁気活動[WDC for Geomagnetism, Kyoto, 2010]。
図5:2007年7月21-23日(UT)の地磁気活動[WDC for Geomagnetism, Kyoto, 2010]。

図5は7月22日前後の地磁気活動であるが、22日の2時UT(11時JST)付近からAE指数の増大、及び SYM-H指数の減少が見られ、日本における食の最大時刻付近から地磁気擾乱が発生していることがわかる。 図4のTEC変動において、食の終りから日没付近にかけて、TECの増大が高緯度側から見え始めるが、 これは地磁気擾乱に伴った正相電離圏嵐と考えられ、日食に伴うTEC減少の回復相については 地磁気活動の影響が含まれると考えられる。 図3、4において、シミュレーションと観測結果を比べると、日本全域で全電子数が低下すること、 低緯度ほど全電子数の低下が大きいことなど、定性的にはシミュレーションのTECは観測結果を再現 していると考えられる。一方で、観測結果ではTEC極小が食の最大の時刻・場所とほぼ一致しているのに 対し、シミュレーション結果では観測値よりも低緯度側で、且つ30分程度遅れて極小となっている。 熱圏・電離圏シミュレーションでより正確に観測結果を再現するためには、観測との背景電子密度 分布の差や、プラズマ圏や反対半球からのプラズマ供給を考慮に入れる必要がある。図3、4の観測結果に おいて、食の最大の時刻とTEC極小の時刻にほとんど差が無いことから、日食に伴う全電子数の減少は E領域からF領域下部の電子密度の減少によるものと考えられる。

図2で示す60分以下のTEC変動成分において、日食領域のTEC減少は見られる一方で、日食前後において 日食起源と考えられる特徴的な波動現象は観測されていない。ここでは図示しないが、30分以下及び 15分以下のTEC変動成分の2次元観測においても、日食起源と考えられる有意な波動現象は確認 できなかった。また、数10kmスケールの電離圏擾乱指数と考えられるROTIや、数100mスケールの 電離圏擾乱によって発生すると考えられるGPSロック損失の5分当たりの発生率についても、日食に伴った 有意な変動は確認できなかった。

議論と結論

GPS受信機網によるTEC観測により、皆既日食帯に近い日本南西部においては日食に対応したTECの減少が 初めて2次元的に観測され、全球熱圏・電離圏シミュレーションによる結果とも定性的に一致することを 確認した。しかし、日食に対応する特徴的な波動現象は観測されなかった。日食に伴って励起される 波動現象の有無については、例えば Atradill et al. [2001]等、過去にいくつか観測例が報告されて いるが、客観的なデータ解析によって得られた決定的な観測事実はほとんどない。ここで、日本南部を 移動する日食の本影で大気重力波が生成され、日本上空を北向きに伝播すると仮定し、その 大気重力波内の中性風振幅がどの程度あれば、TEC観測で同定可能かを考える。一般に、南向き伝播の 大気重力波に比べ、北向き伝播の大気重力波は、磁力線に沿う電離圏プラズマの変動が小さいため、 北向き伝播する大気重力波が日食領域で励起されたとしても、TEC変動として観測されていない 可能性がある。そこで、Hooke [1968]モデルを利用して、日本上空を北向き伝播する大気重力波による 電離圏電子密度、及びTEC変動について調べた。背景の電子密度、中性大気パラメータ、磁場については、 それぞれIRI-2001、NRL-MSISE-00、IGRF-10モデルから求めた。入力する大気重力波の波長及び周期は、 夏の日出後に日本で見られる中規模移動性電離圏擾乱の統計値(水平波長300km、周期40分)とした [Kotake, 2007]。その結果、大気重力波の中性風振幅が5‐10 m/s程度あれば、GPSによるTEC変動観測の 精度である0.1‐0.2 TECU(1 TECU=1016/m2)[ Tsugawa et al., 2007] 程度のTEC変動が起こり得る ことがわかった。このことから、日食起源の波動現象は存在するとしても非常に弱いか、電離圏F領域 までは伝播していないと考えられる。

*関連発表資料

謝辞

国内GPS受信機網データは国土地理院から提供されている。地磁気データは、 京都大学大学院理学研究科附属地磁気世界資料解析センターの ウェブサイト(http://wdc.kugi.kyoto-u.ac.jp)を利用した。

参考文献

Altadill, D., J. G. Sole, and E. M. Apostolov (2001), Vertical structure of a gravity wave like oscillation in the ionosphere generated by the solar eclipse of August 11, 1999, J. Geophys. Res., 106, A10, 21,419-21,428.
品川裕之 (2010), 電離圏シミュレーション, 情報通信研究機構季報 Vol. 55, 177-184.
Hooke, W. H. (1968), Ionospheric irregularities produced by internal atmospheric gravity waves, J. Atmos. Solar-Terr. Phys. 30, 795.
Kotake, Nobuki (2007), Statistical study of global behavior of medium-scale traveling ionospheric disturbances based on GPS observation, Doctor Thesis (Graduate School of Engineering, Nagoya University).
Tsugawa, T., Y. Otsuka, A. J. Coster, and A. Saito (2007), Medium-scale traveling ionospheric disturbances detected with dense and wide TEC maps over North America, Geophys. Res. Lett., 34, L22101, doi:10.1029/2007GL031663.